思ったことをつらつらと

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自然になるには

こんばんは

 

今日、信号待ちで立ち止まっていた時に,

おかしな気持ちになりました。

 

 

直立不動で待っているのは不自然。

 

手を組んだり、片方の足に体重を乗せてみたりするのが大体の待っている時のポーズなのかもしれませんが、自分の意図が加わっている動きという意味では、止まっている「無」の状態ではないから、不自然なはずなのです。

 

 

けど、何もせずに突っ立ていると、なぜだかわかりませんが落ち着きません。

圧倒的に居心地が悪い。信号待ちの集団で自分だけ浮いてしまっているような奇妙な気持ちになります。

 

 

そこで、はっと気が付きました。

 

 

 

もしかして

 

 

 

 

 

 

私たち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入れ替わってる???!!!!

 

 

 

ということではありません。

 

 

僕が思ったのは、

「人って動きがあることが自然の状態なのではないか」

ということです。

 

 

 

 

だから、いつも落ち着きなく

ちょっと体をむずむずさせてしまっているのが自然な状態で、

逆に止まってじっとするということは人にとって不自然な行動、状態なのです。

 

 

 

デフォルトが止まっている状態で、自分が原因で動きが発生するのではなく、

デフォルトが動いている状態で、自分が原因で止まってしまうのです。

 

 

これって何かを考える力にも同じことが言える気がします。

 

 

 

自然と好奇心が人には備わっていて、小さい頃は何でもかんでも興味深々で、

勝手に考えてしまっています。

 

けれど、大人になるについれて徐々に好奇心を失い、

最悪の場合、死んだような目で電車に揺られ仕事に勤しむ

目的を失った大人になってしまうのだと思います。

 

そうなるのも、自分が原因。

人間は、ほっといても本能的に動きたくなってしまう能動的な生き物なのに、

そこに自分の意識を加えて動かなくしてしまっているのではないでしょうか。

 

もっと気の赴くままに、自然に見て、聞いて、触って、嗅いで、味わって、

感じるままに生活すれば、何でもないことも楽しくなると思います。

 

 

なにも具体的な方法を示せるわけではないけれど、

気持ちの持ち方だけでも随分変わると思います。

 

 

 

 

では