村松いえ松村です。

人への伝え方、伝わり方、広報、ブランディング、健康、語学、ピアノ

どれだけ辛くても何事もないかのように時間は進んでいく

こんばんはー

 

 

 

長い間ブログを書いている時間がありませんでした。

 

 

 

 

なぜか

 

 

 

 

 

 

それはある試験を受けなくてはいけなかったからです。

(前に言ったかもしれませんが)

 

 

 

 

 

 

 

その試験勉強に集中するために一時的に放置になってしまいました。

そして、今日のタイトルはその試験にまつわっております。

 

 

 

 

 

 

 

単刀直入に言うと、その試験おそらく不合格になってしまいました。

 

 

 

 

これがどういう意味になるかと言いますと、

4月からの入社はお預けとなってしまいます。

 

 

 

 

しかも合格に足りなかったのはたった1問分の点数。

「あー、あそこでこうしていれば」というたらればばかりが浮かんできて、

あと一歩で決めきれなかった自分が本当に悔やまれます。

 

 

 

 

 

ずっとここ最近こんな感情になったことがなかったのですが、

どうも様子が変なのです。

 

 

 

 

 

 

相当悔しくて、相当辛いのに、周囲には全く影響がないのです。

 

 

 

 

 

 

道行く人は僕が悔しがっていてもおかまいなしに歩き続けます。

電車に乗っている人たちもスマホをいじり続けます。

皆したいことをし続けるのです。

 

 

 

僕が、一人で色んな気持ちになっているなか、

その影響は僕以外の他の人には特に大きな影響を与えないのです。

 

 

 

 

 

自分って世界の、社会のほんの小さな一部でしかない

 

 

 

 

 

これを肌身をもって痛感させられました。

 

 

 

 

そう、自分の感情や気分が誰か他の人にまで影響を与えてしまうような影響力のある人なんて早々いないし、いたとしても、全員に影響を与えられるような人はほぼ0だと思います。

 

 

 

 

 

多分、僕一人がいようがいなくなろうが、それによって大きく何かに変化が起きるわけではないのです。

 

 

 

 

 

何が言いたいのか。

 

 

 

 

 

 

 

別に人生に絶望しているわけではありません。

むしろその逆です。

 

 

 

 

 

自分がどうなろうと、そんなに他人は気にしていない。

自分がどんな気持ちでいようと、他人には影響は与えない。

 

 

 

 

 

じゃあ自分が気分よくいられるように、

自分が楽しくいられるようにしない手はないと思うのです。

 

 

 

 

いつまでも落ち込んでても時間がもったいないだけで、

悔やんでいる間も時間は刻一刻と過ぎていってしまいます。

 

 

 

 

なので、起きた事を悔やむのではなく、

今後どうするかに目を向けて、

思い切り前向きにいきたいと思います。

 

 

 

失敗だらけでなかなかスマートには生きられてない気がしますが、

こういう人もいるから大丈夫だ、と思ってもらえるくらいで丁度良いかなと思います。

この話もいずれ笑い話に出来るように、今は先だけ考えていきます。

 

 

 

 

 

 

では